Andy McKee - Drifting
先日、押尾コータローについて書いたが、似た傾向で、同様に好きなギタリストがいる。
それがこのAndy McKeeだ。
映像を観れば分かるが、実に斬新で見事な奏法である。
しかも曲としても印象に残る。
先日、押尾コータローについて書いたが、似た傾向で、同様に好きなギタリストがいる。
それがこのAndy McKeeだ。
映像を観れば分かるが、実に斬新で見事な奏法である。
しかも曲としても印象に残る。
知る人ぞ知る、Fusion/AORの名盤「Larsen|Feiten Band」の1曲目。
Buzz Feitenの伸びやかなボーカルと澄んだギター、Neil Larsenのくったくのないハイセンスなオルガンが、ラテンの少し混じった、実に気持ちの良い、すがすがしくスマートなサウンドを作り出していた。
1971年に発表された、邦題「対自核」。
アルバム前面は鏡面処理で、自分の顔が映る仕様になっていた。
カッコよい日本語タイトルと奇をてらったデザインは、それだけで既に「買い」だった。
70年代末のニュー・ウェイブの中心にいたバンド。
クールで正確な演奏と、目立つ音色のシンセ・リード、そしてポップで覚えやすいメロディーで、多くのファンを魅了した。
曲の多くはギターのリック・オケイセックが作っている。
エキゾチックなインド風ポップス。
インド楽器のシタールとタブラを前面に押し出し、ピアノとベースがサポート。
そこに当時未だ17歳のインド系イギリス人、Sheila Chandraのボーカルをフューチャーした、ユニークなバンドだった。
♪皆さん今日はどうも
♪どうもどうもありがとう
1990年、音楽において、空前の日本進出があった。
日本のサルサバンドがビルボードのラテンチャートで11週1位をキープしたのだ。
「ご機嫌なロックンロールを」と言われたら、私はモット・ザ・フープルを一番に推す。
陽気で楽しく、酒も進むし、身体もついつい踊り出す。
ちょいと喧嘩っ早いのは玉に瑕だが、なにより聴いてて気持ちがいい。
音楽の才能は、時に神のようであり、悪魔のようでもある。
悪魔と取引することでブルーズの才能を得た黒人の運命を描く。
舞台は奴隷制度の残るアメリカ南部であり、黒人が安全に生き延びることは容易くなかった…。
1970年代末、最もおしゃれで、最も軽薄だった音楽の一つ。
ジャンル的にはシンセ・ポップだが、ニューウェーブと捉える向きもあるようだ。
軽快なダンス・ミュージックを、コンピューターとシンセで組み立てた、ごく初期の成功者である。
飛びぬけた情熱的な歌唱力と、豊富なサウンド・アイデアを併せ持つ、イタリア系カナダ人のシンガー・ソング・ライター。
ドラマチックで迫力のあるフュージョン系サウンドは、様々なアーティストに影響を与えた。
(私見だが、おそらくは山下達郎にも、かなりの影響を与えたと思う。)
「私も好き♪/嫌い」への投票は、ユーザー登録なしでもできるようになっています。
ただし、トップページのように、本文の一部しか表示されていない場所では投票できません。
タイトルもしくは「この続きを読む」をクリックして、全文を表示させてから投票してください。
投票は、実際に視聴したことのある作品に対してのみ行うようにしてください。
ユーザー登録なしでの投票は、通常、約24時間後に反映されます。