こうの史代 - 夕凪の街 桜の国
原爆投下によって被爆し、生き延びた人々の思いを、被爆者、被爆2世、3世のそれぞれの視点で描いたマンガだ。
3部作になっていて、計98ページ。
ボリュームのある作品ではないが、この作品から伝わってくるものは多い。
こうのは少し不思議な漫画家で、勢いのある線を使わない。
あえて勢いを殺した線を使う。
いや、もしかしたら、勢いのある線を描けないのかもしれないが、ともかく彼女の描く線は少し震えの入った頼りない線で、どこか弱弱しい。
それが感情を抑えた、穏やかな表現に見える。
淡々とした生活観や日常性を感じさせる。
どこか侘び寂を感じさせるときもある。
と同時に、厳しさに耐え、震えているように見える時もある。
世代は全く違うが、私は滝田ゆうの描線を思い出す。
彼もまた、不器用で優しく、心の表現に長けた人であった。
だが、大きく異なるのは目だ。
滝田の目は、いつも直視を避けていた。
しかし彼女の眼はまっすぐに届いてくる。
そこには怒りも無く、政治的な訴えも無く、ただまっすぐに私たちに届く。
おそらくは意図的に、この作品においては、原爆そのものについては、ほとんど語られていない。
ただ等身大に知って欲しいという気持ちだけが、そこにあるように思える。
2004年度の文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、2005年には手塚治虫文化賞新生賞を受賞している。
私は彼女を、人一倍誠実な人なのだろうと思う。