Alfons Maria Mucha - The Slav Epic
ミュシャは、アールヌーボーを代表するイラストレーターであり、グラフィックデザイナーである。
彼の製作した多くのポスターには、草花、宝石、星等で飾られた、モダーンで肉感的な女性が、ヌーボー独特の美しい曲線と共に描かれている。
彼は、純粋美術とは異なる、印刷を前提としたデザインの世界を開拓した、当時最も優れたデザイナーだった。
彼は名声を得る前、パリの印刷会社で働いていたが、ある日、いきなり芝居のポスターを依頼される。
彼の腕を見込んでの注文ではなく、とにかく時間が優先で頼まれた仕事だった。
彼は大急ぎでデザインをまとめ、イラストを描き、ポスターを製作した。
そのポスターが大評判となった。
ポスターに描かれた舞台女優、サラ・ベルナールは実に美しく、ミステリアスだった。
芝居も当たった。
彼は一夜にしてパリを代表する作家となった。
サラはミュシャと専属契約し、以降、サラの芝居はミュシャのポスターとセットとなった。
彼の大胆で繊細なデザインセンスは、私がまだ若い頃にも多くの人に愛されていたし、今年の春の六本木のミュシャ展も、多くの来場者で賑わっていた。
私の見たところ、来場者の多くは40~50代の女性だったが、ごく若い方や男性も、女性だらけの会場に混じり、懸命に作品を鑑賞していた。
ミュシャ展で、最も大きな収穫だったのは、彼の晩年の作品の素晴らしさに接することができたことだ。
彼はオーストリア帝国領モラヴィアで生まれた。
現在のチェコである。
彼はウィーンで学び、パリで人気作家となったが、当時、彼の故郷は政治で大きく揺れていた。
彼はある日、人気作家であることを捨て、祖国で母国の為の作品を作ることを決意する。
そうして製作されたのが、20点の絵画からなる「スラヴ叙事詩」である。
スラブ民族の歴史を描いたこの作品群の製作には、20年を要した。
小さな画面では、この壮大な絵画を正当に評価することは難しいと思う。
ミュシャ展で観た迫真と壮麗に、私はまさに打ちのめされ、同時に大きな癒しを味わった。
彼のポスターはどれも素晴らしい。
その素晴らしさを称えるのに、いくら饒舌であっても足らないほどだ。
だが、「スラヴ叙事詩」の素晴らしさは、全く言葉にできない。