芦奈野ひとし - ヨコハマ買い出し紀行
静かな滅びに向かいつつある近未来の日本で、人に限りなく近い女性型ロボットが、人と触れ合いつつ暮らす物語…ではある。
物語としては、そういう内容だ。
だが、そう言ってしまえば、この物語の魅力は、全く伝わらないだろう。
この物語を読むとき、読者としての私は、女性型ロボットの初瀬野アルファを、ロボットだとは思っていない。
彼女をロボットだと分かった上で、無垢な女性として見ている。
無垢な女性が、友人を見つけ、楽器やバイクに挑戦し、人との出会いや対話を楽しみ、不思議な世界を観て回り、夕焼けや潮騒に感動する。
その感情の起伏に、私は共鳴しているのだ。
「不思議な世界」と書いた。
陸地はゆっくりと海に沈みつつあり、海岸線が後退し、海の中に、かつて街だった名残である街灯の灯りが見える。
武蔵野は一面のススキに覆われ、街道には大木の並木があり、巨大化した木の実や、生きているのか死んでいるのか分からない不思議なモノもある。
滅びに向かいつつある状況だと分かっていても、悲壮感はない。
むしろノスタルジーを感じさせる、のどかな風景だ。
無垢な女性と、謎を孕んだユニークで美しい風景。
だが、それはロボットであり、滅びゆく終わりの世界でもある。
こうした不思議な矛盾に、もどかしい感情が膨らんでくる。
和やかで、暖かくて、どこか切ない気持ち。
侘び、寂びにも少し似た、夕焼けの感動にも似た、おだやかで狂おしい気持ち。
これに深く共感できる人は、おそらくは皆、寂しさに親しんだ、寡黙な人ではないか。
自信はないが、私にはそんな気がする。
※カバー絵は、あえて新装版にしました。
旧版の初期の絵柄は、少々硬いので。